道徳と損得

2021.05.16
道徳と損得

あるアメリカの行動学の学者の記事に目がいきました。

テーマは「社会規範のコスト」

託児所で子供の迎えに遅れる親がいる為、

罰金を課したらどうかとなり、実行したところ予期せぬ結果を招いたのだという。

金銭(罰金)を払うのだから、遅刻してもいい、そんな親が増えたのだそう。

社会規範の問題が、損得勘定に変わってしまった典型的な例。

 

何ヶ月か前のコロナが落ち着く谷間に、高校の大先輩がしている小料理屋での出来事。

隣の席には、高校の後輩が連れてきた弁護士。

なんでも、2019年に高額事案があった為、2020年のコロナの補助金で100万円が下りたと。

隣でいた私と女将さんは絶句。「えっ、弁護士の立場で道徳的にどうなの?」と。

売り上げが下がっているわけでもなく、たまたま前年にあった高額事案。

それでもルール上ではもらう権利もあるのが事実。

社員皆んなに還元したと胸を張る弁護士。

 

「井戸の茶碗」という古典落語の名作中の名作。

綺麗な娘と貧乏長屋に暮らす、昔武士だった浪人。

生活の為、従来家から引き継いだ仏像を、屑屋(今で言うリサイクル業)に依頼。

売れたら折半でと言う約束で、見事若い武士に高値で売れる。

その仏像には、買った額の何倍とする小判が隠されており、

買った若い武士は「仏像を買ったのだから小判は持ち主に返す」

売った浪人は「気づかなかったこちらが悪い、小判は買った人のもの」

間に入る屑屋も根っからの正直者。超がつくほど正直者たちの意地のぶつかり合い。

誰もが納得する幸福な結末と、オチには流石の一言。

人々の道徳と損得の物語には、現代にもぴったり当てはまるのではとさえ感じます。

 

まだまだ続くコロナ禍、私たちに道徳心が問われているような気がしてなりません。

(了)

 

 

 

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